無益な殺生は言うまでもなく僕も反対です。
しかし、彼らの抗議はいかがなものでしょうか。
彼女の身体についている血のりだって当然のことながら実験済みでしょう。
また、食事を取ることはないのでしょうか。肉がだめで野菜はOKという考え方は大嫌いです。野菜だって命はありますよ。
命をささげてくれたものに感謝するのは当たり前じゃないですか。
その命を粗末にすることなくおいしく食べてもらうために料理をする人は心を込めてつくるのも当然のことです。
「愛のエプロン」という番組がありますが、まずい料理をつくった人間は、それを完食するまで帰らせないという風にすれば、ばかげたタレント達も真剣に作るでしょう。そんな成長をみせることも「まじめに取り組むことの大切さ」を子供たちの心に育むだろうに。
最近では、「うちの子供にいただきます。ご馳走様を言わせないでくれ!」と学校に文句を言う親もいるそうですね。
信仰を持つことは大切なことです。
僕のうちは真宗ですが、僕自身は様々な宗教を勉強させていただいています。キリスト教、チベット仏教、禅宗、神道等々。
それによって自分のアイデンティティを確認できるのです。
今、アイデンティティウォーの時代といわれています。
自分の国に対する「誇り」を持つことはとても大切です。
一番小さなコミュニティーである家庭。家庭が属する地域。地域が属する自治体。そして自治体の集合体である「国家」、「国家」の集合体である「地球」と全て繋がっているのです。
「家庭」を大切に出来ない人が「地球」を大切に出来るはずがありません。
相手の存在を尊重するからこそ自分の存在も尊重される。しかし、現代社会は何故に耕も自己中心的な発想ばかりなのでしょう。そうそう、松涛のシエスパも詫び状一通ポストに入れて閉館との事。
以前、人生の先輩に言われた言葉を思い出しました。
「いいか、いろんな大資本が地域に入ってくるが、そいつらは儲からなくなったらいつでも撤退するんだ。しかし、君も私もそこに暮らしながら仕事もしている。そんな人間がいい加減なこと出来るはずがない。何故ならそんなことをしたら家族が後ろ指を刺されて生きてゆけなくなるからだ。わかるだろ。だから、惑わされずにお客様のことを思って仕事をしていれば必ず気持ちが通じるからがんばれ!!」
お金の亡者になってはいけません。お金のために働いているのではありません。生きていくために働いているのです。




まぁ実験者側としては抗議運動を肯定はできないよね。
動物の痛みもわかんないのに・・・。
そうとられたのであれば僕の言葉足らずですね。申し訳ありません。
ヒステリックな行動はいかがなものかと言うお話をしたつもりでした。
実際に私達は様々な命を犠牲に生きています。ですから、その命を少しでも無駄にはしてほしくありません。動物実験は当然のことですが、実は私たちの日頃の生活の中にも同様のことはあります。
おいおいさん、あなたは生まれてから食事を残さずにいつも食べていますか?牛や豚、鳥といった家畜が食用の為にと殺(ころすこと)されるところを見たことはありますか?動物だけでなく、植物だって命はありますよ。
私たち人間は繰り返しになりますが、多かれ少なかれ命によって命を永らえているのです。
無益な殺生は当然の如く反対です。もし、そんなことをしている会社があるのであれば大いに糾弾すべきです。
しかし、自分達のために申し訳ないけどささげていただく命はあるものです。
ですから、私たち日本人は食事のときに(今この命を)いただきます。といっているのです。なんでも反対、反対。というのは簡単なことです。人間誰でも評論家になれますから。
こうやってあなたのように匿名性のもとマナーもなくこちらの真意を問いただすこともなく一方的に自分の思いをぶつけられる方が、感謝の気持ちをお持ちとは思えませんが、あなたのご指摘によってより私の思いを多くの人に伝えることが出来ました。ありがとうございました。