2007年05月14日

国民投票法 可決




僕は、太っています。
はっきり行って運動オンチです。
ですから、もしこの国が戦争に巻き込まれたら真っ先に死ぬでしょう。
でも家族は守らなければなりません。
じゃあ、どうすればいいか。人より多少頭の出来が良い様だったので、それを信じて勉学に勤しみました。
でも、もう40歳です。自給率の低いこの国では、食ってばかりで使えなければ、間違いなく、淘汰されるでしょう。でもそれで良いんです。僕の食べない分、未来のある子供たちが何とか食べていけるのであれば・・・。


のっけから非常にネガティブなことを書いてしまいましたが、一つの考え方です。

本日国民投票法が可決されました。
自民党の結党目的である「改憲」に向けて一歩前進したことになるのだと思います。
50年近い歳月を経ていよいよ動き出したというところでしょうか?
戦争は絶対に行なうものではありませんが、今の極東アジアの情勢は皆さんもご存知のとおりあまり良いとはいえません。
ましてや、日本はアメリカ様の傘の下に護られているのが実情です。
そして護っていただいているアメリカ様がもし攻撃を受けても指をくわえて見ているしか出来ません。日本各地に存在する米軍基地が攻撃を受けたとき、一体どうするのでしょうか?
皆さん御存知ですか?全ての基地がどうなっているかは知りませんが、三沢基地は住所はカリフォルニア州サンフランシスコ市番外地なんです。ですから法律上はあそこはアメリカになるんです。
青森県には六ヶ所村という核燃料リサイクル施設がある村があります。ここのすぐとなり街が三沢市です。ですから、F16等の戦闘機が核燃料リサイクル施設のすぐ近くでタッチアンドゴー(急降下と急上昇)の練習をやっています。
都会に住んでいると私たちの身の回りには安心と安全が無いと感じがちですが、それは地方に行っても同様だと思います。むしろそちらのほうが危険かもしれません。

「原子力発電が安全だというのならお台場につくればいいのに」

というのはあまりにも過激な発言でしょうか?

本来日本は世界に類を見ない特徴を持った素敵な国です。
2000年近く血脈が続く国家元首(天皇)をいただいている。
(戦後、「国の象徴」となられた天皇陛下ですが、国連においては、国家元首です。ですから、総理大臣が国連に行くと日本は小さな国の大統領の後に紹介されるのだそうです。確証をとっていませんので、申し訳ありませんが、あくまで聞いた話です。)
四季がある。
侘び・寂びという滅びの中に美学を持っている。
豊かな風土から全てのものに神がやどるというやおおろずの神という考えを持っている。
オリジナルを取り入れて自分たち独自のものに変化させる寛容な発想力がある。(食べ物であれば、カステラ、てんぷら、カレーライス等々、ヒンドゥー教徒からすれば神聖な神の使いである牛を食べるなんて考えられないことをしていますから。))
戦国時代においては、戦争をするのにどこかいい場所を見つけて互いにその場所に行って戦うことが本来でした。暗殺等もあったようですが、そのときはあくまで誰がやったのかわからない状況が当たり前でした。しかし、明智光秀が織田信長を本能寺で殺したのはまさに不意打ちで下克上をしたわけですからそういった意味で「本能寺の」というのだそうです。また、そんなことをやった光秀でしたから、信頼を失い、周りの諸大名が彼につくことなく結果戦に負けたのだそうです。
松阪が窮状に入るとき帽子をとって一礼をするなんてのもアメリカ人には理解不能だそうです。

書き始めるといろいろありますが、本当に特色のある国です。


自分たちの国は自分達で守る。というのが本来の国の国たるところだと思います。
集団的自衛権とは日本を守ってくれている同盟国が攻められたのならその敵国と日本も戦うというものです。
戦争には正しいものなんてありません。歴史は勝者が作るものであり、アメリカに負けた日本は60年近い間に気がつけば敵だった国を最大の友好国としアメリカ様にしてしまいました。


過日行なわれたアンケートでは憲法9条は今のままで良い。と答えた方が68%もいたそうです。
アメリカが全ていいとは思いませんが、もし、現状から突然アメリカがやってられないといい始めてから憲法改正をするのでしょうか?それとも近くて歴史上の繋がりも多い中国様におすがりするのでしょうか?
中国のことですから、下手をすれば、「魏志倭人伝」でも引っ張り出して、「日本の国王は昔から中国に挨拶しに来てたのだから、日本は中国の一部だ。」なんてことも言いかねません。(実際、チベット、台湾を皆さんはどう思いますか?チベットには国があってダライ・ラマという最高指導者がいるのに、居間、中国はチベットの漢民族化をすすめています。)

自分たちの国のことは自分達で決めて自分達で守ることが何でそうもいけないんでしょう。自民党も急ぎすぎている感は否めませんが。
この講義をされている方々は、いったい国民投票法の何がいけないといって反対しているのでしょう。

教えていただきたいものです。
posted by 小早川 英 at 17:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
管理人様こんにちは。なぜ、日本国民のほとんどが反対するのか?ということですが答えは日本人なら誰でも理解してます。それは日本が世界で唯一の被爆国だからです、ノーモア広島・ノーモア長崎だからです。もっと答えを知りたいなら、ひめゆりの塔に行くべきです。鹿児島の知覧にも行って下さい。もう戦争で犠牲者、戦没者を、これ以上だしてはいけない!私の意見に賛同する方々は、どうぞこの文章を自由にコピペなさってください。
Posted by 美貴 at 2007年05月20日 10:15
美貴さん、こんにちは。
僕も日本国民です。
ところで、日本国民のほとんどが何に反対するのか?
戦争に反対するのは理解できますが、僕が言っているのは憲法改正に反対するのが理解できないといっているのです。
その中に、9条というものがあり、そこには戦争についての文章がある。憲法は9条だけではありません。だとしたら、時代にあったものに変化させていくことも大切ではないでしょうか?そのことが必要なのに、何故国民投票法に反対したり、憲法改正に反対するのかが理解できないのです。
今回の国民投票法がザル法であると書きました。それを無理に通した自民党公明党のやり方に対しては正直納得できません。
しかし、全ての流れを見ずにヒステリックに反対することは物事の本質を捻じ曲げています。

僕は平和を誰よりも願っています。
戦争は反対の立場です。
他の文章も読んでいただければ幸いです。
美貴さんは広島、長崎、ひめゆり、知覧と行かれましたか?でしたら、彼らの遺書や遺品も見られていますか?もう一歩踏み込んで考えていただきたい。
「自存自衛の戦争だったから」と肯定はいたしません。
しかし、戦争は相手あってのことで自分たちがしたくないと思っていても、相手が仕掛けてくることがあるものです。
そして、「自分がイヤだ!」ではなく、彼らがどんな思いを持って死んで行ったのか?その思いを汲み取ることだって必要だと思います。

命ははかないものです。
命がなくなる瞬間にたちあわれたことがありますか?
僕は動物とはいえ今まで多くの命の最後に立ち合せて頂いております。
どの視が必然であったとしても、自分の良心の呵責にさいなまれます。
ある意味、今の社会だって、戦争じゃないですか。現実に命が奪われる、しかも見ず知らずの人間だったらまだしも、血の繋がったもの同士でですよ。
むしろ、戦争よりもたちが悪いと思いませんか。
そうなっている原因が自分たち自身にあり、その自分たちの成長過程において育った環境が悪かったとしたら、そのままで放置しておくべきことでしょうか。

戦争の無い日本ではなく、戦争の無い世界のために、今出来ることを考えて下さい。


Posted by 小早川 英 at 2007年05月20日 15:26
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